【鹿児島】屋久島じゃなく吉田を宣伝したい

 
 
 

彩雲(さいうん)

はじめまして、鹿児島県屋久島町の大西です。

初記事ということでありきたりですが先ずは自己紹介を兼ねて屋久島そして私が暮らす吉田集落の現状について私論も交えながらお話ししたいと思います。

屋久島のってすごいです

島外の人に「屋久島」と言うと多くの人が驚き、そして「うらやましい」とおっしゃいます。今まで来た人も来ていない人も「屋久島に行きたい」って言ってくれます。そうなんです、屋久島ってすごいです。

熱帯性の植物があれば高山植物があり、これまでの固定概念が崩れるようなコブだらけの樹齢千年以上の杉があったり、見たこともないような昆虫がいたり・・・キリがないほど自然に関する話題は尽きません。私も奇跡のような光景や生き物を何度か見てきました。

生物多様性は屋久島の魅力

山、川、海すべての生き物でここまで多様性を誇る場所は世界でも類を見ないのではないでしょうか。それゆえ日本初、世界自然遺産にも登録されたのでしょう。観光のお客様は、その奇跡の自然に出会い触れ合うことを最大目的に屋久島に来られます。正しい考えであり、かつて私も同じような思いで屋久島観光に来ました。

これからも多くの方に屋久島に来てもらいたいと願ってます。では屋久島で生まれた人、暮らしている人にとって屋久島というのはどういう場所なんでしょうか。

屋久島ってすごいです

島民目線で考える屋久島

今でこそ屋久島生まれがすごいって言われ屋久島の人たちもどこか誇らしげに思っていますがしかし、現在高齢な方たちが若い頃、島に仕事がなく島外へ出ていった時、出身地を問われると「鹿児島(県)」と答え、更に鹿児島のどこって聞かれると「種子島」と答えたと聞きます。

何故なら当時は屋久島=貧しい島だったからで言いたくなかったそうです。(その気持ちは私も少し理解します。私は兵庫県尼崎の生まれですが、かつて尼崎=工業、公害、汚いというイメージがあり、人から出身地を聞かれた際には兵庫と答えていました)

こんな大きな巨石も

観光客の増大で何か変わったのか

宿泊施設、山のガイド、移住者が増えたと考えられます。その結果、多くの地元民に仕事が増えたり収入が増えたりしたのかというと実感がない人がほとんどのようです。多くの地元住民は世界遺産登録される前も今も慎ましく生きているのです。

屋久島の暮らしについて、以前の私は“屋久島の”何々と表現することが多かったように思います。移住5年過ぎてようやく“屋久島の”では表現できないことが理解できるようになりました。

屋久島町内には27集落あるのですが暮らし、文化や歴史は似て非なるものばかりです。方言についても“屋久島の”ではなく、“・・集落の”方言なんです。従って集落単位で見ることでようやく屋久島の暮らしや文化の一面が見え出してきます。

私の住む吉田集落

約100世帯190人ほどが暮らしています。名字は日高、田中、岩川で7割くらいを占め、住民のほとんどが家族、親戚ばかりです。呼び合う時も下の名前で呼び、名字で呼ばれるのは私のように外からの移住者だけじゃないでしょうか。番地表示はなく家に表札を掲げるところも非常に少ないため郵便、宅配業者の初心者は大変苦労されていると思います。

地理的には屋久島の北西部に位置し、左隣りの集落はウミガメ産卵日本一のいなか浜要する永田集落。右隣りはかつて屋久島一の港を要した一湊(いっそう)集落。(現在最も大きい港をもつのは宮之浦集落)

まだまだ負けてられません

平家の落人が築いた集落

地形的には吉田は緩やかな山の斜面に集落を形成しています。平地はほとんどなく、また大きな岩もゴロゴロ集落内にあり本来ならば人が住むには不適切な場所と言えるのではないでしょうか。

1200年頃、平家の落人が吉田に辿り着き集落を築いたと言われています。この住むのに不適切な場所に何故集落を築いたのかは諸説あるようですが、私自身はそんな理由を当時の平家の落人気分で考えることにロマンを感じてしまいます。

自然の恵みで暮らす

屋久島は洋上のアルプスとも呼ばれ島全体が山であり農業に適した土地が少ないのですが、吉田はその中でも特に農地が少ない集落です。それでも多くの家庭では小さいながらも畑を耕し野菜や果物を育てています。また、釣りが盛んで男同士集まると話題は釣り場、釣り道具、魚の話しばかりです。

作った青果、釣った魚は自家用であり市場に出ることはほとんどありません。例えば手摘みで釜煎りのすごいお茶も作っているのですが家族、親戚用で絶対に売らないんです。水は元々豊富にあり、野菜は作り、たんぱく質は海から得ると・・・食物だけで言うとほぼ自給自足が成り立つのです。

(吉田では米はできないので代わりに芋類で代用)自然の恵みで暮らすなんて都会の人から見ればこれこそ究極の贅沢かもしれませんね。

まだまだ負けてられません

忍び寄る過疎高齢化の波

現在の吉田は、住民の高齢化が進み、一部の住民からは10年後には過疎だぞという危惧の声さえ聞こえてきます。高齢化が進んだことにより何より集落自治のための収益が減ってきています。

今年は苦渋の選択で一世帯月100円の値上げが行われました。たかが100円でも僅かな年金暮らしの人たちにはとっては大変なことなんです。年配者からは「賑やかな子供の姿は少なくなって淋しい」という声も聞きます。

地域住民の生き甲斐をつくる

私は平成25年1月から厚生労働省の事業で地域雇用創造推進協議会に勤めています。

里の観光開発によって屋久島町の雇用を作り出すことが使命ですが、広義にとらえて里の観光により高齢者にガイドをしてもらい少しでも収入を得ることで、生き甲斐を感じてもらえる機会作りを目指しています。

吉田集落は私が住むまちであり、また里の観光のモニター地区でもあります。レンタカーで傍観して過ぎ去るだけだと何にも無い小さな淋しい集落ですが、そこに住む人たちこそが観光の資源・宝ととらえ「いなかを感じる旅」というテーマで新たな屋久島の観光プログラムになるよう今チャレンジしています。里の暮らしの様子や観光プログラムの詳しい内容は今後お伝えしていきたいと思います。

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