【鹿児島】私の屋久島移住記

 
 
 

1

よくある話しのように「都会暮らしに疲れた」、これが屋久島移住を始めたきっかけでした。

こんにちは、屋久島町吉田の大西です。今回は屋久島に移住するきっかけから今までの屋久島の暮らしぶりを振り返ってみたいと思います。

 

屋久島移住のきっかけ

吉田集落の全景

屋久島に来る前、東京での10年間は新しい仕事にチャレンジしたり多くの知人を得たり、また遊んだりと刺激的な毎日でした。しかし一方で大都会の暗い一面も見えてきました。

朝、誰とも目を合わさないようにしているのか下を向いて疲れたアリのような姿の通勤者集団たちを見てしまった瞬間、「ああ俺もこの中の一人だ」と思ってしまったのです。

大集団が歩いているにも関わらず自分以外、いや自分すらも人としての存在感が消えてしまっていたのです。

 

そして移住へ

今度は下ります

当時の私にとって屋久島は特別な場所でもなんでもなく、寒くない田舎はどこかなあと考えて浮かんだだけの場所だったのです。吉田という集落を選んだのも、たまたま安く借りられる家があったというだけの理由でした。

前もって業者には引越し料金を払っていましたが屋久島に荷物が到着した当日、何もお願いしていなかった集落の男性数人が荷物の運び入れを手伝うために集まってくれていたのです。とまどいながら「これが田舎かあ」と感じた第一歩でした。

この時期、私を含め4人ほど島外から吉田に入ってきました。その後、集落の年次総会後には私たちの歓迎会を催してくれました。

借りた家は一軒家で、新しくはないものの手入れもされ風呂も完備し何ら手を入れることなく新生活が始められました。家によっては風呂が無かったり、屋根や壁を修理しなければならないような家もありましたので運が良かったと後に思えました。

仕事は移住前に某ホテルから内定をもらっていました。しかし到着後、当時の吉田区長(集落の長)から「ホテルのような忙しい所で働いたらせっかく屋久島に来た意味も無いのではないか」と言われ納得するままホテルに伺い採用通知書を前にしながらお断りする羽目となりました。

その後、仕事を転々とすることとなり当時の判断が良かったのか悪かったのか今となっても分かりません(笑)。

吉田の食事は魚と野菜。これが基本です。それらは全て地元で採られたもので地産地消を当たり前のように実践しています。だからお客様が来られた時、普段食しているものを出すのは申し訳ないと考えるのでしょうか肉料理が多いのがユニーク。お客様はむしろ地の魚を期待しているんですがね。

 

飲ん方

2

吉田集落には飲食店は全くありません。アルコールが好きな地元の人は、ほとんど自宅か近所の家で飲んでいます。移住後、すぐに私も近所に誘われました。

数件ハシゴした後、自宅に用事を思い出し一旦帰宅しようとある家を出た所、あたりは真っ暗で足元は全く見えません。「あっ」と思った瞬間、段差から足を踏み外し顔面から地面に落ちたのです。

頭から下に落ちていく時、死んだなあと思ったくらいです。朦朧とし、やがて意識がはっきりしだすと額から耳にかけて血が・・・。傷が完治するのに2カ月ほどかかりました。

ハッキリ言います、田舎の夜は真っ暗です、夜間外出に懐中電灯は必須です。

「住んで良し」の吉田集落

3 吉田という集落は、初めて訪れる観光客の目から見れば何も無くつまらない集落に映るかもしれません。

しかしそこで暮らし、家を一歩出ればきれいな夕日を眺めながら美味いビールが飲め、そんな姿を見て大家さんがおつまみを持ってきてくれます。

美味い魚が釣れたと近所で飲ん方に誘われます。都会で働いている時のようなストレスは少なく飲ん方では皆大笑いしながら飲んでいます。

「訪れて良し」って言うにはまだもう一歩の感がある吉田ですが「住んで良し」これは自信を持って言えます。長閑さ、人懐っこいところ、そして自然と共生しているところが吉田の良いところかなあなんて感じています。

私の吉田暮らし、飲んでばかり。

もし「どんな人に吉田に住んでもらいたい?」って質問を受ければ私はこう答えます。

人が好きな人。あっそうそう、アルコールが好きな人。

この記事が気に入ったら
いいねで応援!

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう!

 
 
 

関連情報