【鹿児島】与えることより与えられたことが多かった屋久島での6年

 
 
 

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お久しぶりです、屋久島吉田集落の大西です。

都会ではまるで自分の力だけで生きているという錯覚に陥っていたのでしょうか、私は屋久島の吉田集落に移住したことによって如何に生かされているのかということが実感できました。

生かされるとは、人や自然・文化・歴史との共生という意味です。

自然と共に暮らすことを学びました

私は宗教家でも芸術家でもなければ哲学者でもない、むしろ人生観など難しいことも考えずに生きてきたどちらかと言えばいい加減な部類に入る人間です。

地元の人たちはお互いに足りないものを補い合い、毎日墓石に花を供え、また昔から伝わる山や海に関する風習を守り生きてきた人たちです。そんな人たちでさえ、自然の生贄にされることがあります。

事実、近所の人や知人が自然の中で命を失うという悲しい事故も目の当たりにしました。

何百年もの間、幾つもの災害や事故を通じて自然に対する地域信仰が生まれ、この地で大事に受け継がれてきたであろうことが容易に想像できるのです。

ここでは人間関係と同様に、自然も信仰も意識することなく普段の中で密接に繋がっています。

これからも屋久島に吉田集落があり続けるために

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そんな吉田集落ですが、高齢化人口減という課題を抱え、それを乗り越えていくには古い考えだけでなく若い人たちの新しい発想も取り入れていかなくてはなりません。そして地元住民自らが立ち上がる姿勢も見せなくてはなりません。

私はちい記者として単に屋久島からでなく常に吉田集落であることを意識して記事を書いてきました。それは地域手帖に限らずブログも観光案内も全てにおいてです。

屋久島一括りで分からなくなってしまわないように文化や風習も、そして風景さえも異なる一地域からの発信が重要だったのです。

大好きな吉田集落で学んだことを胸に次のステージへ

やり残したこともまだ多いけれど、私は4月に吉田を、屋久島を出ることになりました。

これまで地域手帖に投稿させていただいた私の記事を見直しましたが、今回も含めてみんな堅いなあって感じでしたね。もっと楽しいことうれしいことを発信できればよかったのですがこれも私の個性ということでお許しください。

屋久島を出る直前の吉田集落年次総会で、一部の人たちが私を泣かそうと企んでいるとの噂を聞きました。噂だけなら良いけど事実なら絶対泣きませんよ。

泣くもんか。

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