【秋田】Uターンして気がついた地元について知らなかったこと

 
 
 

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《写真:2年前にUターンした日に撮影した鹿角花輪駅

こんにちは。秋田県鹿角市の阿部湖十恵です。

前回の記事で“Uターンして地元をよく知らなかったことに気がついた”と書きました。

・前回の記事/地元「鹿角」は好きだけど、希望がもてなかった現実。でも・・・
http://chiikitecho.net/4501

今回は個人の観点ではありますが18歳で上京、25歳でUターンし、戻ってきてから最初に私が“知らなかった”と感じた3つのことを書きたいと思います。

 

1.地域を想う人と出会う

地元に戻った直後、鹿角を想い活動する地元の人たちとの出会いが続きました。

地域を盛り上げるイベント企画、青年会で趣向を凝らした活動や新たな特産物作り。今思うと地域にそのような人がいるのはどこでも当然なのかもしれませんが、私は鹿角では昔と変わらない同じ日常が平凡に流れていて、よくも悪くも変わらないと半ば諦めがちに思っていました。

上京後帰省するのは年1〜2回。その時に会うのは家族や限られた友人。地元で働くとなれば私は家業を継ぐことだったので他の地元の職業や人に関心を持つことは少なく、さらにはUターン自体に後ろ向き。

新たな人と出会うのはいつも県外で、地元の人と出会うというのは私にとって、とても新鮮でした。懐かしむ故郷から、働き生きる場所に変わったこともあると思いますが、田舎の小さなコミュニティでは人付き合いの幅は変わらないと思っていたし、それも田舎の嫌な一面と思っていました。自分の目線が変わると見えるものや出会う人も変わる。ということをこの頃から実感し始めます。


2.土地が持つ楽しさを知る人・暮らしを楽しむ人に出会う

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《写真:雪が溶けると山菜採りが始まる。蕨をふきの葉に包んで近所の人が持ってきてくれた。玄関先に置き書きもなく肥料袋いっぱいに野菜や山菜のお裾分けが置いてあるのは日常的》

2.土地が持つ楽しさを知る人・暮らしを楽しむ人に出会う

ここで生活していると祖母の世代の方たちにお世話になることが多いです。子供の頃は“祖母の知り合い”としか見ていなく、会っても挨拶程度でした。

大人になって関わるようになると皆さん身の回りの物や自然の恩恵を無駄なく使う技や知恵を持っていて、それがこの土地の環境に沿ったもので私はとても感動します。

そして興味を持つとどの方も楽しそうに目を輝かせ教えてくれるのです。驚きと発見の連続で教えてもらうと同じものも今までと違って見えるようになりました。

 

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《写真:黒文字の木。削って箸や箸置きもできると教えてもらい名前を覚えてからは山の中でもこの木が目に入るようになり自分でも削ってみたりした。》

鹿角は森林が8割で、山しかない。といえばそれまでですが、山菜採り、トレッキング、釣り、きのこ採り、草木染め、冬山登山など豊かな自然の素材で物を作り出すことをすれば無限に遊べる魅力が詰まっています。

昔はそれが当たり前だった分、“時代は変わった。”と言う姿にも寂しさも感じる事もあります。子供の頃は“おばあちゃんたちがすること”と他人事に捉えていましたが、知らないと途絶えるものだし、生活の中に自分の土地を知り、楽しむ時間をとるのは大切なことだと思い始めます。

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《この年は3年に一度大群生するというコバイケイソウの当たり年。奥に見える木は八幡平山頂一面に群生し冬は樹氷になる。雨上がりで幻想的。この後雲海を見てさらに感動。》

3.知っていたつもりで知らなかった風景に出会う

日本百名山にも数えられる八幡平から日の出を見に行くイベントに参加したことがありました。八幡平はすぐ近くの山です。

なだらかな山でここの景色が好きで東京の友人を案内したこともありました。国立公園ということも八幡平地区に住む者として誇りに思っていました。

記憶の中では知っているつもりで、「久しぶりだな、日の出見えるかな」程度の気持ちで臨むのですが、当日は見たこともない景色に感動の連続。この日の天気では日の出を見ることはできませんでしたが、表情豊かな自然に圧倒されました。

短い夏の間は特に高山植物の季節。感動してまた行ってみると違う景色に変わっていて、こんなに植物に溢れる変化に富んだところだったのか。高いところから見渡す景色だけではない八幡平の本当の魅力を知りました。

 

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《約1ヶ月後に訪れるとコバイケイソウは枯れはじめ、ニッコウキスゲが咲いていた。高原全体が違う場所のようだった》

そこからまだ見ぬ景色をもっと見たいと思うようになりました。それに自然が作る景色を見ると日頃の疲れも吹っ飛びます。そんな景色があることも幸せです。全てを知るのは無理だけど、好きなものに誇りを持ちたい。

この3つはUターンして早々 “思っていたのと違う”と感じた出来事です。

「もう少しこの土地を知るのも楽しそう」

私はいろんなものが宝の山に見え土地を知る楽しさを知りました。と、いうと聞こえがいいですが、単純に関心が浅く、地元に向いていなかったのだと実感しました。

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《地元の山の管理などをしている山の達人たちと市内の山中にて“浮島”がある沼で島を動かして遊ぶ》

地元を知り始めたら、心から誇りだと思えることが増えてきた

私に限らず“地元の人が地元を知らない”と言われるのも、家庭や仕事、人付き合いなど限られた時間の中でそれぞれの生活があり、貴重な自分の時間は自分の関心事に使うから。知らなくても生きてはいけます。

そして、人は大体自分の経験をもとにした物差しで物事を判断しています。私も自分の物差しを持っていました。“なにもない”のではなく、“誰か”に任せてモノや環境を求め、“自分”であるものを見つけられていなかったのだと3つの出会いで気づきました。

“何もない”と思って生活してしまうと本当に“何もない”で終わってしまい、気持ちも沈み、住みにくく感じたり、場合によっては初めてここへ訪れる方に何かを尋ねられた時など、悲しい思いをさせたりそれが閉鎖的にとらわれることもある気もします。

地元を知り始めたら心から誇りだと思えることも増えてきました。

自分が楽しいと心から誇りに思えるような地元のことを、まず自分がここの暮らしを楽しむためにも見つけていきたいです。

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