【北海道】地域の伝統文化に三年間参加して思う《続けること》の意味

 
 
 
冬の遠別

冬の遠別

北海道の日本海沿い北の地域、遠別町のはらちゃんです。

毎年この時期のこの町は、海からの強い風が街に吹き荒び冬の厳しさを体感します。そんな強い風の中、新年を祝い消防と住民主体の消防団が行う出初式。その中で行う伝統文化である《梯子乗り》のメンバーとして今年も参加し、梯子乗りも三年目を迎えました。

『Uターンしたからせっかくだし、梯子乗ろう』

わけのわからないきっかけではじめた梯子乗りですが、梯子の上から見た景色や様子は、外から見たものとは違う感覚がありました。(色々な意味で)今回はそんな『梯子乗り』を通じて見た地域の伝統文化について触れてみたいと思います。

少しだけお付き合いください。

正月の恒例行事:梯子乗りとは

昨年の梯子乗りの様子

昨年の梯子乗りの様子

北海道だけでなく日本各地で行なわれている伝統文化で、青竹製の高さ6.5mの梯子を設置し、梯子上で曲芸を披露するもの。6.5mの高さといえば、二階建て家屋の窓くらいの高さ。その高さから命綱なしで曲芸をするのは想像よりはるかに怖いです。

初めて梯子に乗った時は体が震え、ひたすら『こわ!こわ!』と連呼し何もできずに梯子から降りました。と、同時に勢いで『梯子乗ろう』と思い立ったことを激しく後悔しました。

減少傾向にある消防団と梯子乗り

消防団のパレード

消防団のパレード

そもそも、田舎には高齢・過疎化という問題を抱えているため、消防団の人員も減少傾向にあります。母体の消防団が減少しているため、梯子乗りも当然少なくなります。いつまで続くのか?続けられるのか?梯子を始め伝統文化は毎年存続を危ぶまれているのです。

それでも毎年、良き時期になると梯子乗りの準備が『なぁなぁ』な雰囲気で始まります。その雰囲気が僕は嫌いではありません。

伝統文化が続く意味、その位置付け

担いだほうが楽しそうだから、と40年ぶりに復活した担ぎ神輿。

担いだほうが楽しそうだから、と40年ぶりに復活した担ぎ神輿。

正直なところ、今の時代になって梯子乗りの曲芸が何のために行われているのか理由を探すのは大変です。どんなに深掘りしても『1年間の◎◎を祈って、、』みたいなふわふわとしたものしか出てこないでしょう。

むしろ、理由がなくて良いものだと思いました。なぁなぁに続く地域の伝統文化》に理由を探し、合理的な考えを持って『じゃ必要ないよね。』となってしまう思考は無粋に感じてなりません。

今年の梯子乗りの様子

今年の梯子乗りの様子

地域のコミュニティが縮小していくと、一番最初に消えていくのはおそらく生活に直結しない、梯子乗りのような伝統文化なのでしょう。実際に遠別町や近隣町村でも行われなくなってしまった伝統行事は数多くあります。

ですが、そういったものがなくなっていってしまう事こそ、地域が衰退していることの象徴になるのだと朧げながらに感じました。今、新しい取り組みだけが大切なわけではないことを痛感しています。

集合写真

集合写真

暴風雪の中演技を披露する人、行列をなして観にくる園児たち、足元が悪い中毎年徒歩で観にくるおじいちゃんおばあちゃん。実際に自分が梯子乗りを3年間経験して見えたものは《理由がなくてもいいんじゃない》という心持ちと、『いま』も『むかし』も『これから』も、等しく大切にしていきたいという結果でした。

梯子乗り当日の様子

北海道遠別町の暮らしが見える原田さんのブログはこちら

harada_brog

※リンク先を見るには画像をクリックしてください

参考記事

リンク:【北海道/プチ移住】「別れが遠くなる町」は実在した

※地域手帖が原田さんの梯子乗りの見てきました

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